<ウォール・ストリート・ジャーナル日本語版の署名記事>
* 2011年 3月 23日 21:35 JST
【東京】日本の規制当局は数カ月前から、「非常用復水器」と呼ばれる原子炉冷却設備の採用について協議していた。それは福島第1原子力発電所を襲った事故を軽減または阻止し得た技術であったが、規制当局は既存の原子炉のぜい弱性を無視することを選択し、将来的な問題の是正を重視した。政府と関係企業の文書で明らかになった。
電気が点灯したあとに撮影された福島第1原発第3号機の中央制御室の様子(22日)
日本の危機の中心となっている福島第1原発では、原子炉の非常用冷却設備の稼働を主に電力システムに頼っている。だが、3月11日に発生した地震と津波ではそれがきちんと作動しなかった。
主電源が停止し、さらに予備の発電機も故障したため、燃料棒への冷却水の供給がストップした。地震直後の数日に相次いで発生した水素爆発や火事、放射性物質の大量放出は燃料棒の過熱が原因だ。
これに対して、非常用復水器は電力を必要としない。
第4号機での放水活動の様子(22日)
元東芝の原子炉設計者で、東京大学公共政策大学院特任教授の諸葛宗男氏は、既存の原子炉を改修し、追加的な安全設備を設置する必要性については、ほとんど協議されていなかったとし、ほとんどの人がそこまでする必要はないと考えていたと述べた。
日本の当局は、古い原発の改修を検討しなかった理由についてコメントを控えたが、東京電力はその件については調査するとした。専門家は、全面的な停電のリスクはごくわずかであるとみており、それに対して改修の費用や手間がかかり過ぎると判断したためではないかとしている。たとえ改修が数カ月前に指示されていたとしても、地震発生までには間に合わなかったはずだ。
東電は22日、福島第1原発の復旧に向けて一歩前進した。原子炉6基すべてで外部電源ケーブルを接続するとともに、一連の爆発事故による被害が見た目に最も大きかった3号機で中央制御室の照明を点灯した。だが、冷却装置への通電作業がまだ残されている。使用済み燃料棒の過熱防止に向けた保管プールへの放水作業も再開された。
原子力安全委員会(NSC)は昨年10月、長期的課題の設定について協議するため会合を開いた。会議の議事録に添付された文書によると、原発用機器の安全性技術を開発する財団法人原子力発電技術機構が作成した、「地震と津波にかかわる残存危険性」を軽減する代替技術について説明したパワーポイントの資料が提示された。
資料は将来的な原子炉運用に向けた非常用装置の改良に重点を置いたもので、規制当局に対して、より安全性の高い次世代発電所の建設を提言することを狙いとしていた。
同機構によると、将来的に原子炉により多様な冷却システムを設置する必要性について、NSCは基本的な協議を開始したばかりだったという。
この件に関し、NSCの広報担当者はコメントを控えるとした。
日立製作所も1月に電力に依存しない非常用冷却装置の利点について触れている。同社技術論文誌の1月号には、国や電気事業者の協力を得ながら「長期的電源喪失対策を可能にする」次世代原子炉の開発を推進していると記述されている。
日立の広報担当者は22日、現在使用中の原子炉の安全性に問題があるとは考えていないとしたが、さらに優れた原子炉の開発に取り組んでいると述べた。
日立は論文で具体的に「非常用復水器」について言及している。非常用復水器は、ローテクだが堅実な既存技術で、その有用性が近年新たに見直されている。
非常用復水器では、炉心が過熱した場合、たまった蒸気は復水器に送られ、冷却水で冷やされたあと再び戻される仕組みになっており、電力を必要としない。炉心の圧力を開放する機能を有しているが、復水プールが過熱してしまうため、2、3日しか使用できない。
諸葛氏は、復水器は、地震など何らかの理由で外部電源の供給が止まった場合に、1つの緊急手段となるものだと述べた。
福島第1原発の6基の原子炉のうち、非常用復水器が設置されていたのは1971年に最初に建設された1号機のみだ。東電によると、同復水器は地震後は機能したものの、やがて停止した。東電の広報担当者は、停止した理由については情報がないと述べた。
一部の専門家は、1号機は近代的な原子炉よりもやや小さめで、復水器では対処しきれないほどの蒸気が発生したためではないかとしている。この問題は、復水器を設置した新型原子炉に設計変更を加えることで対処できる可能性がある。
エンジニアによると、この分野の技術に対する考え方は長年を経て大きく変化している。1号機などの初期に建設された原子炉には非常用復水器が使用されている。復水器は「静的」システムと呼ばれ、外部電源を必要としない、自己完結型の装置だ。
一方、後期に建設された原子炉には電力ポンプなどに依存した「動的」システムが採用されている。それらシステムには往々にして過熱や故障対策が何重にも施されており、エンジニアの間ではより安全性が高いとされていた。
だが近年、静的システムが再び注目を集めている。原子炉開発で提携しているゼネラル・エレクトリック(GE)と日立は、最新の原子炉設計で非常用復水器を採用している。GEが米原子力規制委員会(NRC)からの認証取得を目指している、高経済性・単純化沸騰水型原子炉(ESBWR)にも使用されている。
数カ月前から日本で協議されている新型原子炉の設計プランでは、動的と静的の両システムを兼ね備えたものではなく、むしろ静的システムだけを使用した非常用冷却装置が検討されている。日立の論文では、復水器は動的な非常用装置の代替となり得るとし、動的システムをなくすことで、経済性と保守性も向上するとしている。
地震発生翌日の12日、危機は一段と悪化をみせる。1号機の格納容器内の圧力が上昇したため、弁の開放によって放射性物質を含む蒸気を外部に放出せざるを得なくなった。その日の午後、1号機で爆発事故が発生する。
他の5基の原子炉は、1970年代に1号機よりもあとに建設されたもので、電気発電機を使用した非常用冷却システムが採用されている。だが、それらはすべて津波で機能停止に陥った。
6基はすべてGEが設計し、GE、日立、東芝が建設した。
GEの広報担当者は、2号機~6号機をはじめ、その他の原子炉に動的な非常用冷却システムを採用したのは、初期の復水器よりも安全で、より大型の原子炉には適していると考えたためだと述べた。また、現在の復水器を使用した新型原子炉の一部は、設計が改良された復水器が使用されているとした。
この件に関し、東芝はコメント控えた。
福島第1原発の事故対応を支援している内閣府原子力委員会の尾本彰氏は18日、地震によって緊急冷却機構の多様性の欠如があらわになったと述べた。尾本氏によると、各原子炉には発電機が2~3台設置されているが、津波によってどれも使用不能になった。
尾本氏は、福島第1原発の原子炉の問題点は、燃料容器を冷却する緊急手段が、電気発電機か復水器(1号機の場合)のいずれか1つしかなかったことだ、と述べた。
記者: Norihiko Shirouzu and Peter Landers
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